本日午後、JfP主催、「原発について」勉強会(2)に出席。
JfPを主宰するカズさんとはN豪Pレス時代からのお付き合いです。
そのご縁もあって何かいっしょにできれば、と。
NT州Kakadu国立公園内Jabiru区に住むアボリジニ・ミラー族によるウラン採掘反対運動を支援しているカースティンさんと、JfPメンバーで、日本の原子力産業に造詣の深い松岡さん(ツイッターでフォローしよう!)のお話、どちらも大変勉強になりました。
アボリジニの人たちにとって、ウランは
"Djang"、
掘り起こしてはいけない、致命的な負の力を持つもの、と呼ばれていること。
あんなに重要視されているウラン産業は実は豪のGDPの数パーセントにしかならず、政治的な意味合いを持つものでしかないこと。
田中角栄による『電源三法』交付金により、各地方自治体の原発誘致が活発になって、今に至ること。
などなど。
うんうんとうなずくばかりでした。
さて、帰結するのは、じゃあ私たち一市民に何ができるか。
知り合いに政治家や企業などの有力者がいて、彼らに政治圧力をかけることができるなら、それはすばらしい。
でも、私らみたいな一般市民にそんな知り合いは、あんまりいない。
じゃあ何ができるか?
それでもやっぱり意思表示しかない。
ドイツが、『原発推進』から『脱原発』へ急激に変化したのは、国民の70%が『反原発』を、長い年月に渡って表明しつづけてきたからにほかならない、と松岡さんもおっしゃっていました。
国民の大多数が、『脱原発』を訴えたら、曲がりなりにも民主主義国家たる日本の政治家たちは、それに耳を傾けざるを得ないんです。
うんうん、と強くうなずく私に、今日の会のあと。
『でもやっぱり、原発のことって、どこか遠いんですよね…
日本でデモに出たりしたら、
あいつは左翼だ
って近所で噂になりかねないし…
なんか、もっと身近にできる簡単こと、ないでしょうかねぇ…』
…
う~ん。
気持ちは分かる。
言っていること、ほんとに分かる。
だって、私も若いころそうだったもの。
デモ活動してる人なんて、何かちょっと浮いてる過激な人たち、みたいな印象でしかなかったし。
いつからですかねえ、自分が変わりだしたの。
卑近なことですが、子どもができたのが、やっぱり大きいのかもしれない。
震災で家を失った人たちも、家族やお子さんや親戚や知人を亡くした人たちも、福島で乳牛を見殺しにしなければいけない農家の人たちの悲しみも、
真剣に人ごとじゃない。
自分の身に起きたら、と、
なんとしても、どうしても、考えてしまうんです。
みなさんたまたま、東京に、メルボルンにいて、被災しなかった。
たまたま、原発の近くで農家をしていなかった。
たまたま、ブッシュファイア地域に住んでいなかった。
たまたま、交通事故に今まで遭うことなく、すんできた。
たまたま、あなたの息子は、私の娘は、今まで無事に生きてこられた。
たまたまなんです。
私がオーストラリアにいて、のうのうと暮らしていけるのは。
…とは言っても、この実感ばかりは、どうしても、どうしても人に押し付けられるものではない、というのは、自分も若いころ何にも考えてなかっただけに、よく分かる。
だから、今日考えました。
今、重要なのは
自分で意思表示をするとともに、
『左だの、右だのと言っているような場合じゃないよ、
大事なことは、
原発はもういらないよってことを、思っているなら、それを意思表示しなきゃ、
変わるものも変わらないよ』
ってことを、実感してもらえる行動を、どう、やっていくか。
幸いなことに、オーストラリアに住んで10年になる私には、デモや社会運動に参加することにアレルギーはありません。
前回のブログでも書いたのですが、
自分がいいと思うことについて意思表示をすること、嫌なことは嫌だということ、政治的意見を持つこと、デモに参加することは、オーストラリア(と、おそらくヨーロッパ諸国)では、ちっとも変なことでも、かっこ悪いことでも、左翼でも右翼でも、なんでもない。
最近ツイッターでしきりにフォローしているグリーンピースも、私自身その活動を全面的に応援しているわけじゃないですよ。
捕鯨問題とか、自分でもまだどう考えたらいいのか分かってないこともあるし。
でも、脱原発にかんしては、グリーンピースと意見が一致する。
だから署名に参加しましたよ。
それで私を左翼とか呼ぶって?
Oh, that's bullshit.
大丈夫、今週末のデモに参加しても、あなたは左翼ではありません。
私が保証します。
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